
私のインナーチャイルドセラピー体験談(1)
<体験後の感想>
(光の言葉セラピーが含まれています)
2008年10月23日に、『八ヶ岳セラピールーム』にて初めてのセッションを受けました。
【セッションのあらまし】
セッション開始。
仁王立ちの母親が目の前に立っている。
腰に両手をあてて、どうやら私は怒られているようだ。
母親の表情は怒り顔。
どうやら、罵声に近い言葉で叱っているらしい。
物凄く大きな存在として、目の前に立っていて、その姿に私は、ただ萎縮している。
3歳の自分がそこにいる。
地べたに座っている。
別の場面。
薄暗い部屋の中で、ぼっーと立っている。
家族は、誰もいない。
寂しさ、孤独感を感じている。
他の誰かを探そうにも、その気力がない。
母親が帰ってきた。
笑顔で登場。
私の心は、少し嬉しく、寂しさも軽減。
お花畑にいる。
4歳の自分が登場。
大人の自分と4歳の自分が手を取り合って、散歩する。
快活で嬉しそうな4歳。
でも、4歳の自分の心は、底無沼のように暗い世界だ。
大人の自分がその黒いモノを取り除いてあげる。
そして、地面に投げつけた。
ハートとハートをつないでいく。
4歳の自分と心の触れ合い。
いつしか、大人の自分の中に、4歳の自分が入り込む。
喉に大きな岩石が引っかかっていた。
その大きな岩石が、今は片手で掴める程度の小岩になっていた。
自分で、その小岩を取り除き、水平線近くにある太陽のところまで、投げ捨てた。
胸辺りにモヤモヤを発見。
心の周りに絡みついている。
頑固でしつこそう。
胸に手をあてて、エネルギーを注入しても、なかなか抵抗して、取れない。
やっと、取れたが、白い雲状のモノが近くを迷走している。
ヒーラーに手伝ってもらう。
光の世界に帰って貰うことにした。
さようなら。
最後に、悲しみに溢れている自分がいるのを発見。
【セッション後の感想】
セラピー中、泣きたい、泣く衝動に駆られた。
しかし、どうやら、自分でそれを強引に止めてしまった。
恥ずかしい、みっともない、という体裁、体面を気にしている自分がまだいるらしい。
泣かずに頑張ってきた自分がいっぱいいて、それは泣かせてあげたいと思う。
トラウマは、「仁王立ちの母親」と言われた時、”へぇ~!”と思った。
トラウマとして指摘されたのは初めてだ。
少し動揺。
底無沼を抱えていた自分。
辛かっただろうなあ。
よく頑張ってきたなあ。
今は、取り除いてあげたので、インナーチャイルドは元気。
自分の目の前に立ちはだかる岩石。
何を言っても、反射されてしまう。
外に伝わらない。
言おうとしているが、結果として、言っていない。
「なんで、言えないの?」という感じだった。
怒り、悲しみ、焦り、不安、・・・という感じを抱いていた。
ぐるぐると渦巻く迷いの世界の住人であったらしい。
通過したら、通過したで良い、と言われ、なるほど、そうなんだ、と思った。
人は、様々な傷やトラウマを持っている。
元気になった3歳の自分が、今度は、他の傷ついた子を癒してくれるようになる。
大人になった自分に不要なものは捨てていく。
<体験後に、ヒーラーである紀世子さんにメールで送った感想>
(10月23日送付)
紀世子さん、今日は、どうもありがとうございました。
2時間があっという間に過ぎた感じがしました。何か、心への重しが取れたようで、帰りのあずさ号の中では、熟睡に近い状態になりました。
これがトラウマね、と言われた時は、少しドキッとし、自分にもトラウマというものがあることに驚きました。薄々何かあるだろうとは思ってましたが、いざ正面切って言われると、すぐさま受け入れることはできず、でも初めて言われたことで、真摯に向き合おうという気持ちが出てきて、そして、受け入れることができたという感じです。
胸につかえていたブロック、喉に感じていたしこりは、悲しみや怒りや「またかよ」の表現に表れる苛立ちというところなのでしょうか。(ここらへんが、少し曖昧の記憶になってしまったので、改めて確認させて下さい)
とにかく、底無し沼を持っていた我がインナーチャイルドが、元気になって良かったです。おかげで、萎縮する気持ちも軽減して、堂々と自分を表現してもいい、という心持ちになってき
ました。
本当に今日は、どうもありがとうございました。
私のインナーチャイルドセラピー体験談(2)
<体験後の感想>
(光の言葉セラピーが含まれています)
2008年12月5日に、『八ヶ岳セラピールーム』にて2回目のセッションを受けました。
1回受けていたのと、自分がセラピストとしてセッションを重ねてきた事があったので、うまい具合に体験できるのか、という思いはあったものの、収穫は大きなものがありました。
体験を終えた時、その部屋に帰ってきた実感があまり湧かなくて、なにか気持ち的にふわふわした感じがあり、少々不思議感はありましたね。
そして、その時の感想が、
「自分の中が澄んでいる。澄み渡っている。体も温かい。」
というものでした。
セッションでは、大御所に出会ってしまいました。
その大御所とは、「助けて!」という感情。
最近を振り返ると、本当に「助けて」という言葉は使うことがなく、この言葉が出てきたことも、ある種、信じられない気分でもありました。
場面は、なぜか、ヤンキー兄ちゃん数人に絡まれている、というもの。
威圧感、圧迫感を感じ、恐怖におののき、フリーズしている。
因縁を付けられていて、嫌だなあ、と感じている。
父親はいない。
母親が遠くから小走りにやってきて、なんとか救われる。
またある場面。
自分より年上の大勢の小学生がワーッと来て、目の前に立ちはだかる。
威圧感、圧迫感、攻撃性を感じる。
相手は大勢で恐怖も感じる。
近寄らないで、圧迫しないで、と思うが、言葉にならない。
萎縮して困っているが、逃げそびれている。
友人が、遠くでどうしようどうしようをしているが助けてくれない。
座り込んで泣く。
一人で孤立して寂しさ、悔しさを感じている。
「助けて!」と言いたいけど、それも言えなくて、飲み込んでいる。
我慢している。
体は震えて重たい。
嫌な感じを抱いていた。
この2つ目の場面は、「恐怖の極み」であって、心の傷、いわゆるトラウマだと言われました。
いつも相手の人間に対して、威圧感とか圧迫感とかを感じていたのですが、「それか!」という感触を得たという思いでした。そういう場面で、「助けて!」という一言が言えなくて、ズルズル人生を歩んできた、というのが分かったような気がします。
「助けて!」って、言っていいんだ、助けてもらっていいんだ、という気持ちが芽生えることで、インナーチャイルドである子供は、笑顔の子供に変化することができました。
やっと救いとれたかな、やっと自立できたかな、というのが、体験後の感想でした。
大御所の子分も出てきました。
胃にあった岩石。
これは、「頑固」というものでした。
これが胃にあったおかげで、言いたいことが邪魔されていたようです。
「これが無くなれば、言いたい事がボンボン軽快に表現できそう!」
こう宣言した後、光の言葉セラピーを通して、この岩石を光で消滅させました。
不思議な感覚に襲われたのは、この後に胃のあたりに出来た黒い部分を修復する際に、手で光を照射していたのですが、それにより、胸のあたり全体が、光り輝いてきた、ということです。そして、手を当て続けることに心地よさ、快感も感じていた、ということです。
今回、大御所である「助けて!」という感情と、子分である「頑固」が出てきて、ヒーリングされることで、もの凄いスッキリ感、もの凄い清々(すがすが)しさを感じました。
そして、自分が今まで生きてきた中での核心と言える根源にやっと出会え、そして、そこに埋もれていたインナーチャイルドを大人の手で救いとれたことが、とにかく良かったなあ、と素直に感じました。ワンダーチャイルドになった子供が、今度は自分の味方になってくれると思うので、今後の人生は、充分に楽しんでいこうと思います。
<体験後に、ヒーラーである紀世子さんにメールで送った感想>
(12月8日送付)
2回目のインナーチャイルドセラピーありがとうございました。
正直、2回目ということと、養成講座を受講して、ある程度、概要が分かっている中でのセッションという事でしたので、「大丈夫かなあ」、という気持ちはありました。
しかし、そういった不安が霧散するかのような結果が今回もありました。本当に良かったですし、本当に満足感を体感できたと思います。
大御所と思われる「助けて!」というインナーチャイルドが出てきたわけですが、この「助けて!」という言葉を言えないで、無理してきた自分がいたことに対して、ある種、感慨深いものを感じました。窮地に追い込まれ、威圧感や圧迫感、孤独感を感じながらも、それでも「助けて!」を言えず、我慢してきた、今更ながら、苦難の原点はここにあり、をまざまざと見せつけられた思いがしました。
この「助けて!」というインナーチャイルドが、笑顔の子供に変化したよ、と言われ、「へぇ~、そういうものなんだぁ。」という驚きと同時に気づきも得られました。
体験を終えた時の第一声が、「自分の中が澄んでいる。澄み渡っている。」だったのですが、本当に、別の空間から、その部屋に今帰ってきて、そして、充実感や満足感にあふれていたという独特の不思議感を体験しました。
今回の体験で、奥の奥の大御所がピョンって出てきたようで、今後の人生においての歩みがより軽快になるだろうというワクワクな予感が今しています。
紀世子さん、どうもありがとうございました。
私の前世療法体験談(1)
<体験後の感想>
(光の言葉セラピーが含まれています)
2009年3月27日に、『八ヶ岳セラピールーム』の紀世子さんにスカイプにて体験させて貰いました。
今日は、前世療法を初めて受けた。
何も分からずに受けたので要領も分からず、ただただ誘導に身を任せた。
まずは、光のエネルギーを全身に入れていった。
少し、背中や腰あたりがビリビリしてきて、体が感じているのが分かった。
テーマは「微妙に塞ぎ込んでいる」
最初の場面。
前方に山があり、質素な民家もポツンポツンとあった。
自分は、エスキモーの人の格好をしていて、自然を眺めていた。
年齢は、42歳。
性別は、男。
名前は、ヨシ。
酋長らしい人物。
槍を持って立っている。
次は楽しい場面。
村が見える丘に座っていて、清々しい気持ちであった。
年齢は、10歳。
ぼーっと、ただただ眼下に広がる村や自然を眺めていた。
重要な場面。
年齢は30歳。
猛牛に追われている。
角が生えている獰猛な猛牛である。
自分は一生懸命、道無き道を走って逃げているが、結局、牛に捕まる。
牛の足に踏みにじられる自分。
牛は、勝ち誇ったように仁王立ち。
自分は、瀕死の重傷。
仲間が近寄ってくれて、なんとか引き出して助けてくれる。
仲間の肩に担がれて、その場を離れる。
死に際の場面。
洞窟の中で、質素なござの上で寝ている。
ロウソクが一つ灯っている。
白髪の状態で臨終の床にいて、周囲の人達は、涙を流して別れを惜しんでいる。
次に、死を超えて、宙に浮いた状態で、自分を眺める。
前世療法での体験からは色々と情報が得られた。
前世の自分は、槍で自分を守る時代に生きていて、酋長的な存在であったようだ。人々の心を救いたいと思っていたが、最後まで叶わず、その思いを残して亡くなる。
自然との対話を重視し、死を迎えるまで、戦いの連続であった。
今の自分の生き様を見ると、ある意味、戦いの連続である。
そういった意味では、前世の時と類似な生き方をしているようだ。
東京スピリチュアルマーケットに5時間いて、次の日にスピリチュアル交流会に7時間いて、10分のチャネリングを受け、その後、インナーチャイルドセラピーをした後、振り返りにて、微熱がでたのだが、それが、今回の前世療法の体験で、猛牛が出てきたシーンに重なるという事を紀世子さんから教えて頂いた。その比較は以下の通り。
【前世】
1.猛牛に向かい会い、危ない・危険
2.怖い
3.踏みつけられた、やられた
4.勝ち誇っている、やられちゃったなあ
5.仲間に引きずり出されて助けて貰った
【現世】
1.スピマに行き、5時間いる
2.スピリチュアル交流会に7時間いる
3.チャネリングを10分受ける
4.インナーチャイルドセッションの振り返り時に微熱
5.紀世子さんのセラピーを受ける
どうも、私という人間は、根底にある戦い(=情報収集)という意識で行動するところがあるようで、スピマ参加にしても、セミナー参加にしても、戦いを挑む的な気持ちがあったように思う。
大きな対象に対して、戦いを挑み、そして傷つき、ギリギリのところで復帰していく、というパターンに振り回れているのかもしれないとも思う。
今回の前世のヨシという人間から学ぶことは、自然との調和を念頭に置いているということだ。時として、自然を眺め、対話し、そこからの英知を受け取った中で、自分の中でのバランスを取ることをしてきた。
今の自分は、どちらかというと、自然との触れあいを忘れ、自然との距離を無意識にとってしまい、人間本来の潜在的な力を封印してしまっているのかもしれない。紀世子さんには、海や山に行ったら、というアドバイスを受けたが、なるほど、海や山への興味・関心は皆無に近かったことに気づいた。近々に、海や山に行ってみようと思う。
自然への回帰、自然との対話というものを、もう少し、自分の生活の中に当たり前のように受け入れてみたいと思う。そういった自然との交流の中で、また違った自分というものを見た時に、初めて、微熱が起き不調になってしまう意味が分かるのだと思う。
前世のヨシの「人々の心を救いたい」という思いにも真摯に向き合っていきたいと思う。それが、今後の自分の大きな方向性を指し示す道標になるだろうし、自分の存在意義という答えにも繋がる可能性を秘めていると感じる。
今回の前世療法を終えて、今感じることは、現世という狭い枠の中で物事を推し量ろうとするのではなく、前世も含めた自分自身という世界観を知ることが、今を生きることに非常に役立つということである。広角に物事が見られることで、より広い観点での気づき、発見が得られることを、今後の人生の楽しみとしたい。
<体験後に、ヒーラーである紀世子さんにメールで送った感想>
(3月27日送付)
紀世子さん、今日は、どうもありがとうございました。
貴重な体験をさせていただいたと思います。
背中や腰がビリビリしてきた時は、何が起き何が始まったのだろう、と少々、異質な出来事の始まりを予感しましたが、最終的に様々な情報や気づきが得られたことは、本当に良かったです。
今回の前世療法の体験で、また自分の中での枠が大きくなったように感じます。
現世を知り、前世をも知ることで、かなり自分の世界観が広がったように思えます。
また、ヨシの自然との対話重視から学ぶことは多く、自分の今の生活を省みることもできました。
今日は、本当にありがとうございました。
私の光の言葉セラピー体験談(1)
<体験後の感想>
2009年4月28日に、『八ヶ岳セラピールーム』の紀世子さんに対面にて体験させて貰いました。
今日は、初めて光の言葉セラピーを紀世子さんにして頂いた。
光の言葉セラピーをプロとして行う上でのシナリオチェックと最近の自分の心の不安定さを解消したいこととの2点を目的に受けてみた。
最初は、雑談的な面談。
その中で、3つテーマらしきものが出てきた。
1つ目は、光の言葉セラピーのシナリオが曖昧なので、それを確認したいということ。
2つ目は、微熱が出て言葉が出にくくなるという状態になること。
3つ目は、生活が停滞してしまっているということ。
自分の中では、2つ目がとても重要な問題であったので、これをテーマにした。
セラピーが始まり、そのテーマに関する最近の出来事についての気持ちとして「イヤだなあ」という言葉が出てきた。この気持ちは、どうやら胸から出てきているものだった。
その胸に鎮座していたエネルギーは、雲状のスライム君であった。
色は黒。
少し動いているようでもあった。
このスライム君は、自分の「前進」に対して阻む存在だったらしく、最近、自分の思いを出せないこと、そしてアクティブに行動できないことの原因でもあったようだ。
業務用の掃除機を使い、このスライム君を吸い取ることに。
吸い取った後、空に向けて捨てることにしたが、その前に光を当て浄化することにした。
光の存在になったスライム君は、そのまま空に帰っていった。
スライム君を取り除いた後の胸の状態は、黒い感じの空洞状態。
そこに光のヒーリングエネルギーを入れていく。
とても気持ちよく、落ち着く感じがして、かなり長時間、胸に手を当てていた。
自己ヒーリングでも、この時間がとても好きで、いつも長時間当てている。
最後に、目をつむり、深呼吸をした中で、目を開けた。
目を開けた後の感覚は、時間を体全身で感じている、というものだった。
時間と共にいるという感覚。
時間の中を浮遊しているという感覚。
いかに最近の自分が、時間に追われていて、成果に追われていて、時間というものを感じることを忘れていたかが分かった。
ある意味、自分を見失っていたとも言えるのではないか。
自分ではない自分で時間を過ごしていたとも言えるだろう。
それを気づけたのは大きかった。
あと、「光が足りなかった」という言葉を自分の口から出てきたことは意外であった。
光の言葉セラピーを学びながら、あまり光に注目してなかったのかもしれないと思う。
十分に光を自分に与えて、良い状態の自分にする、自分を大切にすることがいかに大事かを今回のセラピーを通して学ぶことができたと思う。
スライム君の正体については、「不安」ということだった。
最近は、自分には深刻な悩みはないだろう、と思っていた中での「不安」出現だったので、これも自分にとっては意外だった。
「不安」を呼び込んでしまうのが人間であり、自分もそういう人間であるのだなあ、としみじみと実感すると共に、それを素直に今後は認めていこうと思う。
今回の体験を通して、自分をまずヒーリングすることが大切だと思った。
自分がヒーリングされていない状態では、相手に対しても大切にセッションはできないわけで、セラピーの原点を再確認した格好だ。
自分を整え、そして感受性を保持する為に、自己ヒーリング、セラピー受講を良いタイミングで行っていきたいと思う。
<体験後に、ヒーラーである紀世子さんにメールで送った感想>
(4月29日送付)
昨日は、光の言葉セラピーをありがとうございました。
セラピー後、時間の中を浮遊している感覚を味わい、改めて時
間と共存できていなかった自分というものを認識しました。
自己ヒーリングで何度か、光の言葉セラピーはしていたのです
が、紀世子さんにして貰うのとでは違いが大きく、やはり本家
本元のセラピーは凄いなあ、と思います。
早速、良い変化がでましたね。
朝から踊りたい気分にあって、音楽に合わせてダンスダンスダ
ンス。心の奥からワクワクも久々に出てきた感じです。
日々の自分に対するメンテナンス、とても大事ですよね。
今後は、しっかり自分の危険信号を察知して、適切に自分を労
りたいと思います。
胸で感じる、善し悪しは胸で判断する、って言葉、びびっと来
ましたよ!
楽しい時間をありがとうございました。
HOME


























